アウシュビッツに行く前にしたこと、感じたこと

 

こんにちは!

 

今度クラクフに行って、アウシュビッツ収容所に行くと決めました。

勉強のための旅っていう感じです。

行くと決めたからには、中谷さんにガイドをしてもらうとなったからには、

少しでも自分なりにアウシュビッツに関連する話を得てから行こうと決めました。

ここには行くまでに自分がしたこと、思っていたことを書きたいと思います。

 

きっかけ

 

そもそも行こうと思ったきっかけは鮮明には覚えていませんが言うとすれば

「自分の中でアウシュビッツで起きたことを自分側に近づけたかった」

からでしょうか

 

日本とポーランド、ドイツ、あまりにも離れすぎです。

世界史でヒトラーについて学んだ時は一瞬で終わりました。

 

信じられないほどの人数が関わっている、この出来事

アウシュビッツでおよそ110万人が亡くなっています。

 

でも私が情報を得ているのはネットか学校の授業か本だけです。

現実味があまりありません。

 

実際にその場に足を踏み入れて、自分の目で見る

それが一番いいと思うし

スウェーデンに留学している今、行こうと思えばすぐ行ける場所にある

このチャンスを逃すと次いつ行くのだろうか

と考えて行くことにしました。

 

ちなみに往復で飛行機五千円ぐらい😇

安いです。

 

また日本の大学でドイツのホロコーストに関する授業を受けてレポートを書いたので、多少の知識(本当に限定的ですが)を得たし、せっかくならばさらに深めたいと思いました。

 

あと友達が行って、良かった、行くべきだ、と後押しされたのも理由の一つです。

色んな情報を教えてくれました、ありがたいです🙌

 

歴史を学ぶという事

 

私はとてもとても世界史が苦手です。

その理由はカタカナが多いからで、全然覚えられません😅

そもそも世界史を学ぶというより、覚えてテストでいい点とるもの、としか捉えていない時点でダメなんですが、最初から「嫌い」というイメージがついてしまっていたため今では全然覚えていません。

そしてすぐ覚えてすぐ忘れるタイプです。😩

テストが終わると消えて行きました笑

 

そんな私がネットでアウシュビッツに関する情報を読んでもはてなマークだらけです。

場所の名前とか、人の名前とか、、、

戦争とかも恥ずかしながら全然わかっていません、、、

ガイドさんや授業で誰かが何年に〜があったって言ってる時に

すご!年号ちゃんと覚えてる!!(年号を覚えるのも苦手だった)

って感動してばっかりです。

戦争の時系列なんて全然わからない本当にダメな人です。

 

でも日本だったらそれでも大丈夫(ではないと思うけど)でした。

 

留学して、特に世界史で中心となったヨーロッパで旅行して、自分の愚かさを知りました。

ブリュッセルで会ったおじさん(ホットチョコレートおごってくれた謎の人)に日本人は全然歴史の授業を重視しないよねって言われました。

 

その人はオーストラリア人で建設会社の人なのに日本が戦争で何年に何をしたかを私以上に知っていました、もちろん他の国のこともです。

 

ヨーロッパの人はやはり身近に歴史があるのかな、って思うのと(彼はヨーロッパの人ではありませんが笑)

あとは自国に誇り、アイデンテティーを持っているので、自国がしたことを知るのは当然だと感じるのでしょうか。

なんとなく、日本人は先祖がやったことは「自分」ではないから、と思いがちな気がします。

責任を取る、取らないは別として、知っておくべきかと思います。

 

あと私のように推薦で大学に入って受験をしていない人は世界史の授業をしても、目の前の中間、期末テストでしか覚えないので、長い先の大学受験の時には忘れてます、そして今も。

自分の頭の中にしっかりと入ってないのかなって思います。

高校は英語の授業ばかりでした、毎日1、2限はあって正直疑問でした、多すぎじゃないかと。

そして自分も将来役に立つのは英語だって信じきっていたから他の教科を置き去りにしてしまったかもしれません、反省です。 

 

 

 シンドラーのリスト(Schindler's List)

 

ここからは私が行く前に見た映画の感想を記しておきます。

 

シンドラーのリストはスティーバン・スピルバーグ監督による、アカデミー賞の7部門で受賞した映画です。

 

私はNetflixでみました

3時間以上ある大作ですが、見てみると止まらなくなって朝の3時まで見ていました😅普通に面白いです。

 

オスカー・シンドラーが1200人のユダヤ人を救ったお話です。

シンドラーは「シンドラーの箱船」という小説が発売されるまでポーランドやドイツでさえ忘れられていた人でした。

しかし小説、そして映画によってとても有名になりました。

 

箱船というのはノアの箱船が由来でしょうね。

選ばれた人だけが生き残れる、いいことをしているのですが全員を救えないという悲しさが含まれます。

 

ユダヤ人が解放されるときにシンンドラーがもう少し、少しでも救えたら、、、!と言っていました。

シンドラーのような人が他にもっといたら、、と思いながらもシンドラーのような、高い地位にいながらもできる人はなかなかいないではないかとも思いました。

他の人はアウシュビッツが解放された後でも、自分が悪いことをしていると思っていない人が多かったですからね。

 

 

歴史を伝えるというのは難しくて、特にそれを経験した人が亡くなってしまった後、書き換えることが可能な状態になってしまいます。

アウシュビッツでさえ、収容所が残っていても、経験した人がいても、なかったと主張する人もいます。

ドイツでは実際に戦争が終わってしばらくはホロコーストの事実は無視され続けていました。今は忘れないために像、記念碑が沢山あります。

この映画もシンドラーの功績を私含めて多くの人に知らせることができました。

 

この映画を見て、特に最後のシーンを見て、実際にこういうことが起こったんだと強く感じました。

残虐なシーンも幾つかあり、それが事実であるということに驚きを隠せません。

またそういうのは活字だけで見るより、映像としてみるほうが記憶に残るというか、

もちろんそれまでにアウシュビッツでは多くの人が殺されて、とてもひどい扱いを受けていたということは知っていましたが、この映画を見てそれが自分の頭の中に常に入っているような感覚になりました。

映画の影響力はすごいです。

 

 

日本人にも杉原千畝さん、樋口季一郎さんが多くのユダヤ人を助けたことで知られています。

 スウェーデン人にも実はシンドラーのような、多くのユダヤ人を助けた素晴らしい方がいました。

外交官のラウル・ワレンバーグさんです。

この方はハンガリーで約10万人もののユダヤ人を助けました。

 

スウェーデン名義の保護証書というもの(実際は国際的に何の効力をもたないもの)をユダヤ人に支給し、それを持ったユダヤ人を保護下にして、収容所に行くことを防ぎました。

他にも皆殺しにする計画を自らの交渉で防いだりして活躍しました。

ソ連軍がドイツを追い払ってブダベストにやってきた時、今後ユダヤ人をどうするかという話し合いのためにソ連の司令部へ向かったのを最後に彼は行方不明になっていまいました。

それから彼が見つかることがありませんでしたが(モスクワの監房で亡くなったとの説が濃厚です)、2016年に死亡認定をして区切りをつけました。

 

彼はおそらくシンドラーほど知られてはいないでしょう。

スウェーデンにいた私でさえ知りませんでした。

このような功績をした人が忘れられていくのはとても悲しいことです。

でも逆に今知ることができてよかったです☺️

遅いということはありません!

 

 

アウシュビッツ ナチスホロコースト

 

これはBBCが製作したドキュメンタリーです。

全部で6話あります。

シンドラーのリストと異なり実際の映像も含まれているので結構衝撃的なものもありました。

そういうのを見て、うわ、、、ってなるたびにアウシュビッツ行くんだから頑張って見ないとって自分に言い聞かせて、、😥

 アウシュビッツができるまでから解放、その後までの全体的な流れを見ることができます。

最初は年号出てくるたびネットで世界どうなってた時だろうと調べてたりしてました笑

 

あとスウェーデンに住んでるからか、北欧関連のことが出てると気にしちゃいます笑

愛着湧いた的な感じです笑

このドキュメンタリーではデンマークについてでてきました。

デンマークではドイツ支配下に置かれてもほぼ全員のユダヤ人が収容所送りにされずに済みました。

皆が彼らを他の国(スウェーデンなど)に逃げるのを助けたのです。

その理由として北欧の特徴である公平さ、のワードがインタビューででてきました。

北欧では男女平等の社会を目指しています。

私はそこらへんのことはあまり深く学んでいませんが、ユダヤ人を逃がした理由として、彼らは他の人と同じ人、公平だから、という話をしていました。

今でこそ「女性」との公平さについて着目されていますが、確かに根本的に考えると全員平等を目指していますもんね。

戦争中でも、昔からその考えが国民にあったのは本当にすごいと思いました。

 

 

こうやってみてみると北欧っていいことしています。

日本にいた時はこんなことまったく知りませんでした。

スウェーデンに留学したかったことの理由に、まったく知らない国だからこそその国について知りたい、学びたい、といったことを面接で言ったことを思い出しました。

ちょっとは近づけたかな☺️

 

 

縦模様のパジャマの少年

 

これは他二つのと違いフィクションの映画なのですが。

収容所の所長の子供と、柵越しに仲良くなったユダヤ人の子供のお話です。

 

二つの作品でも所長とその家族について描かれていましたが、彼らはホロコーストに関して何も思っていない感じで描かれていました。

 

しかしこの映画では子供はナチスのことを知らず(知らなさすぎだとも感じましたが😅)、お母さんは、やっていることに対して反対している感じがしました、関わりたくないって感じですね。

 

友達がこの話は最後のシーンだけを見せるために作られたようなものだって言ってて納得してしまうほど最後のシーンがすごい衝撃的です、、、

 

主人公が、ユダヤ人に対して、なんで?いい人なのに?ユダヤ人だからってだけ?っていう感じのをずっと持ってて、お父さんとかにもそれが伝わればよかったのになって思いました。

 

短いので気になる人は是非!

 

 

今の所映像系からしか学んでいませんが、これからは時間があればもう少し調べれたらなって思っています。

 

しかし授業もきちんとしなくては、、プレゼンが今週末です、、、😇

 

 

ではまた!